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グレーフィールド、、、

陰と陽。

月と太陽。

裏と表。

喜怒哀楽。


全ては表裏一体で、

心の中も常に表裏一体です。

なんでも紙一重。


ゴミのポイ捨てや、交通違反、犯罪などのモラルやルールは別として。

人の心・魂は、、、


「これが良い、これが悪い」のような白黒ではなく。

「これがあってる、これが間違っている」のような白黒ではなく。


白と黒、どちらの要素も持っていて、常にグレーフィールドです。


グレーの大きさ形、色合い(心のバランス)はいつも一定でもなく絶えず変化していて、大きい時も小さい時も、濃い時も薄い時もあります。


大きいから良い、小さいから悪いはなく。

濃い時が良い、薄い時が良いはなく、濃い時が悪い、薄い時が悪いはないと想います。


自然界の中でも、、、

大きくて浅く色合いが薄い湖もあれば、小さくて深く色合いが濃い湖もあります。

どちらも”湖”として存在していて、”ありのまま”です。


本人”だけ”のグレーフィードであり、本人の大きさ形であり、本人の色合い(要素の集まり)であり、本人が織りなす繊細なフィールドです。

個性、資質、本質、人柄、人格、心の器という言葉になるのでしょうか。


大きさ形、色合いは人それぞれ。

大きさ形、色合いが自分と”全てがぴったり同じ”人(他人)はいなくて、1人1人のフィールドです。


本人のフィールド・大きさ形や色合いについて、他人が『良い、悪い』『合ってる、間違っている』と判断する、ジャッジすることではないと私は想っています。


何に関してもそうですが、、、

相手ではなく、まずは自分のグレーフィールドに自分で気づいたり、知る事が大切です。

これが基本です。


相手は自分の事を自分で気づき、知る為にいてくれる”きっかけ、ヒント、アドバイザー”だと想っていて、ありがたく、素晴らしい存在です。


「相手のため、人のため」は、自分で自分の事を気づき知った、その後(その先)のお話です。


グレーフィールド。

「良い悪いはなく、あってる間違ってるはなく。どんな想いや要素も大切で、全て必要で、全てが必然」だと私は想っていて。



だから、

「いつどんな時も人と横並びで、人に寄り添っていこう」

「見た目で判断しないで、過程を知っていこう、感じよう」

「自分の枠を広げていこう、俯瞰して考えてみよう」

と心に刻んでいます。


これは私の『したい』ことであり、私の信念であり、私の”今”のグレーフィールドの一部です。


リーディングを通してでありますが、

世代、年齢、性別も様々、悩みの内容もテーマも千差万別で、本当にいろいろな方と出会っています。

この出会いにより、その人と”共に”私も学ばせてもらっています。


この学びによっても、私の中のグレーフィールドの大きさ形、色合いが日々変化していきます。



私の過去の経験を相談者さんにお話すると、、、


「明恵さんも同じように悩んだのですね〜」

「明恵さんも同じような経験をしたんですね〜」

と不思議な顔をされ、ホッとされることもあり。


「気さくな人で良かった。普通な感じで良かった」と言われることもあります。


仕事柄、どうも普通でないイメージをもたれているようで、、、


私もみなさんと一緒です。

私も人間です。


悩んできたし、失敗もしたし、いろいろな経験(過程)を積み重ねてきました。

そして、”今”の私がいます。


そんな私に何かしらを感じる方もいて、、、


「なんだかわからないけどホッとして」と、私の顔を見ただけでポロポロ涙を流されたり。


「誰にも話せなかったことなのに、明恵さんにはなぜだか自然と話せます」と笑顔あり涙あり、で言われることもあります。


これは本人が意識していない”共感、感受性”の反応だと想っていて。



悩み、苦しみ、落ち込み、怒り、哀しみ、失敗もし、乗り越える苦悩を経験してきた。

喜び、楽しみ、弾み、上手くいったりもし、乗り越えた後の穏やかさを経験してきた。


私の過程、グレーフィールドを無意識に感じ察知し、共感しているのだと想います。



私自身、またこれからも悩むだろうし、失敗もするだろうし。

怒りや哀しみのいろいろな経験をしていくでしょうし。

そしてまた、

喜びや楽しみのいろいろな経験もしていくと想います。


味わい深い。

奥深い。

のような言葉があるように、

心・魂は本当に味わい深く奥深く、答えはなく、果てしなく。

学び、成長、進化、魂を磨くことはずっと続くと感じます。


魂は永遠です。

答えはなく、果てしなく、未来はどうなるのかわかりません。


自分のグレーフィールドがどんな大きさ形になり、どんな要素が集まり、どんな色合いになるのか、未来(結果)はわかりません。


前世を含めた過去の経験からの”今”があって。

”今”のグレーフィールドも日々繊細に変化していき、確定ではないので、、、

未来はわかりません。


おおよその予測は出来るのかもしれませんが、確定ではないので、予測は予測です。


わからないから、心が動く。。。

わからないから、経験が続く。。。

私はそう想っています。


グレーフィールドと聞いてみなさん何を感じますか。

みなさんのグレーフィールドはどんな大きさ形で、どんな色合いですか。


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☆luz de la luna(ラズドラルナ)

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視える、聴こえる、感じる、、、

 一般的にイメージされているスピリチュアルな感覚。


例えば、、、

エネルギーが見える、感じる。

霊が視える、感じる、声が聞こえる。


こういう感覚は「凄い」とか「特別」なように想われがちです。


証明は出来ないし、不思議な世界に感じるだろうし、ある種の特別感を持ってしまうのは仕方がないと想います。


私としては、、、

自然界や人のエネルギーに反応する感覚・体感の出方であり、

自分自身の感覚や要素を知る”きっかけ”であり、

新たな出会いが生まれるきっかけでもあり、

好奇心や向上心の種であり、悩みの種でもあり、

自分を信じる=自信に繋がるヒントであり、


視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、六感、直感、音感、色彩感覚、想像力、、、

のような、1つの”要素”だと想っていて。


『エネルギーが見える感じる』というような要素は、全ての人、誰もが持っている要素だと想っています。



『オーラ』という言葉を聞いたことはありませんか。


好きなアイドルを見て、、

「やっぱりオーラが違うよね〜」

「あの人のオーラって半端じゃないよね〜」

なんて、言ったりした事、人から聞いたこと、想ったりしたことはありませんか。


これは、その人なりにオーラ(エネルギー)を見て感じているのだと想います。

要素を持っているのです。


それに、、

「あの人って太陽みたい。あの人夏って感じ」


「あの人ロックぽい。あの人は演歌な感じ」


「あの人レモンのような爽やかさだ。あの人バラのような甘さがある」


例えば、こんな風に想ったことはありませんか。


これも、オーラ(エネルギー)を見て感じているんだと想います。


服装や言葉使いなどの見た目ではなく、、、

相手の”雰囲気”(人柄、人格など)から何かしら感じる感覚。


視覚だけに絞らず頼らずに。

相手の声・聴覚、相手の匂い・嗅覚、物腰、佇まいなどから、何かしらオーラ(エネルギー)を感じる人もいます。


必ずしも『オーラ(エネルギー)=色』とは限らないものです。

その人がエネルギーを見て感じて想ったこと=”感想”の表現の仕方は人それぞれです。


オーラ(エネルギー)が”視覚、実際の目”で見えないから、、、

「私(俺)は感じない」ではないと私は想っています。



『空気のような存在』という言葉聞いたことありませんか。

あまりにも自然、意識が向かない、当たり前、、みたいな感覚。


これは無関心という意味ではなく”自然”、本来のありのままの状態のように捉えてください。


『気が合う』という言葉のように。

自分の気・波長・エネルギーと、他の気・波長・エネルギーが合う時、溶け込む時もあり、空気のような存在になり、『何も感じない』時もあります。


自分の意識がそのエネルギーに特に向かっていない時、”自然な時”も何も感じないこともあります。


例えば、空気もエネルギーの1つです。


日々、”空気”に対して意識が向かっている、集中しているかというと、、、

そうではありません。


「今、空気を吸ってる、今空気を吐いてる」と空気エネルギーを意識しながら呼吸をする事は普段はあまりなく、無意識にしています。


深呼吸や腹式呼吸、病気の時など、特に意識する時以外は、無意識です。

無関心ではなく、無意識=自然体な時も、エネルギーを見て感じているんだと想います。



例えば、森や海で「気持ちいい〜」とか想うことありませんか。


人ごみに入って「なんだか気分がすぐれない」こういう事はありませんか。


これもエネルギーを見て感じる要素を持っているからの反応で。

そんなに「エネルギーを感じようと」意識を凄く集中させている訳でもなく、自然と無意識に出る反応ですし。

エネルギーに対しての感想・自分が感じて想ったことです。


「神社仏閣、パワースポットに行っても、私(俺)何も見えないし感じないんです」と言われる人もいますが。


それは、神社仏閣やパワースポットのエネルギーと自分のエネルギーが”合って”いるからの時もありますし、意識が特に向かっていない”自然”な時、空気のような存在になった時かもしれません。



『風を読む』自然界の風を見て感じて、漁に出る人・パラグライダーなどをする人。


『波を読む、波に乗る、波を感じる』海の波を見て感じてサーフィンをする人、世の中の波を見て感じて動きを決める人。


『流れを読む』まわりの車の動きを見て感じて運転する人、世の中の流れを見て感じてアイデアを生み出したり、未来を予測する人。


風、海、波、空、車、人、世の中、、、

何かしらのエネルギーを見て感じて、生活や趣味に活かしている人は沢山います。

みんな『エネルギーが見える感じる』要素を持っているのです。


要素を持っている事をわかりやすくシンプルに”言葉”が教えてくれています。


『気が合う』『風を読む』などの”言葉”が世の中に存在するのがその証だと私は想っていて、「昔の人は凄いな〜、よく言ったものだな〜」と想っています。


”言葉”ってシンプルで奥深く、いろいろな意味の解釈があり、歴史(過程)がありますよね。



『エネルギーを視える、聴こえる、感じる』要素は誰もがもっていると私は想っています。



『エネルギーが視える、聴こえる、感じる』要素がいろいろ敏感に反応する為に、恐怖心や悩みの種になる人もいます。


実際、昔の私がそうでしたし、相談者の方の中にも多いのも現実です。


いろいろな要素に関して、自分だけでは気づけなかったり、紐解けなかったりする時に、リーディングや『つきよみ会』が、気づきや紐解きのお手伝いの1つのツールになる事もあります。



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☆luz de la luna(ラズドラルナ)

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スピリチュアルについて、、、 〜後編〜

スピリチュアルについて、、、 〜前編〜 のつづき


「痛いの痛いの飛んでいけ〜」こんな言葉を聞いたことはありませんか?

この言葉を聞いてどう感じましたか。


実際に傷が治ったわけじゃないけれど、なぜだかわからないけど痛みが和らいだ感じがしませんでしたか。


小さい頃の私にとって「痛いの痛いの飛んでいけ〜」は不思議な呪文であり、魔法の言葉でした。


こういうことがスピリチュアルな体験だと私は思っています。



もっと言えば、

「おはよう」と言ったら「おはよう」の言葉が返ってくる。

これが1番シンプルで誰もが出来るスピリチュアルな体験です。



「あの人が好き、嫌い」

「あの子と友達になりたい」こう想う事も。


「友達の家にお呼ばれした。お土産何にしようかな〜」

「喜んでくれるかな」こう想う事も。


「あの人にこう言ったら怒るんじゃないか」

「こんな事言ったら傷つけるんじゃないか」こう想う事も。


『想う』心で想像すること全てがスピリチュアルです。



「なぜだかわからないけど、確信がある」これもスピリチュアルです。


「お天道様が見ている」「バチが当たった」「厄年だから」こう想うこともスピリチュアルです。



熱い、冷たい、甘い、苦い、痛い、くすぐったい、臭〜い、赤い、黄色い、、
『視、聴、嗅、味、触』感覚もスピリチュアル。


『見える』という言葉があります。


例えば、雨は見ることが出来ます。

視覚として雨の粒を見ることが出来ます。


それだけではありません。


冷たさ温かさとして肌で感じ、土やアスファルトが濡れた匂いを感じ、傘や屋根にぶつかる音で感じ。。。。

いろいろな事で雨を『見る』ことが出来ます。


では風はどうでしょうか。


頬をなでられ肌で感じ、「あ!今日の晩ご飯はカレーだ」と運ばれてくる匂いで感じ、窓をカタカタと鳴らす音で感じ、草木が揺れることで風を感じ、いろいろな事で風を『見る』ことが出来ます。


では花は、、、海は、、、動物は、、、人は、、、、


目で見る視覚だけに拘らず『見る』ことを感じられること。

五感の中に1つに頼らず拘らず、全てで感じてみること。

こういうこともスピリチュアルなのです。



いろいろ書いたらキリがないのですが、、、


人として生きていること自体がスピリチュアルなのだと私は想っています。



相談者の人の中にも定期的にリーディングに来る人も多いのです。

毎月会う訳ではありませんが、1年に数回会うたびに想うことがあります。


「みんな頑張っているな。とても変化している。進化している」と。


1番初めのリーディング5、6年前の人もいて、6年の間に結婚して名字が変わったり、子供が出来たり、恋人が出来たり別れたり、仕事が変わったり昇格したり、、、

髪型が変わってたり、体型が変わってたり、、、、


現実的にいろいろ変化しています。


そして話し方が変わったり、言葉使いが変わったり、顔が変わったり、、、、

心、スピリチュアル的に変化しています。



そんな経験から人の成長と共にいつもスピリチュアルがあることを数年かけて教えてもらいました。


現実とスピリチュアルは切り離すことではなく、別々なものと考えることではなく、昔から共にあること『融合していること』だと改めて想っています。



スピリチュアルについては、本当にいろいろな考えがあると思います。


誤解しないで欲しいのですが「この考えが正しい、正しくない」と言いたい訳ではありません。



今一度、私なりの『スピリチュアリズム』を話し、みなさんがどう想うか?

1つのきっかけになればと思います。


何かしら疑問を投げかけたり、きっかけを作ることもスピリチュアルな事なのです。



『スピリチュアル』と聞いて。

みなさんの感性はどう響きますか。



太陽



☆luz de la luna(ラズドラルナ)

スピリチュアルについて、、、 〜前編〜

『スピリチュアル』と聞いて、みなさんどう感じますか?


昔に比べて最近はスピリチュアルのイメージが少しずつ変化してきていると思います。


今日は『スピリチュアル』ということについて、私なりの考えをお話したいと思います。


スピリチュルと聞くと、「霊が見れる、声が聞こえる」などをイメージしてしまう人もいるかもしれません。


でも、私が思うスピリチュアルはそうではありません。



もちろん、私は霊が視えるし声が聞こえます。

これは変えようのない事実です。


このことを前提に置いても、私が思うスピリチュアルは「霊が見える、見えない」とか「声が聞こえる、聞こえない」ではないのです。


 sprit』スピリットという言葉の意味は沢山ありますが、私が思うスピリチュアルは『精神、心、魂』のことです。


みんな心を持っています。

肉体と心を持って人間として生きています。

これは誰もが同じです。


スピリチュアルを学ぶということは『人間性を養う』ということだと想っています。


人間性を養うというと難しいようですが、心をどんどん動かしていく事です。


1番シンプルで1番の根底です。


心は『感じる力』でもあります。

心とは感性(五感)でもあります。

心とは感情でもあります。


心、感性は人それぞれ。

良い悪いではなく、1人1人に個性があり、1人1人のオリジナルなものでもあります。


感性を磨くために人との出逢いがあり、いろいろな経験があるのだと感じます。



スピリチュアルには霊が見える見えない、声が聞こえる聞こえないは関係ありません。


『心で感じること』それ自体がスピリチュアルだからです。

「心で感じ、どう生きていくか?」スピリチュアルを学ぶ理由でもあると想います。


だからみんなスピリチュアルとは切っても切れない縁だし、スピリチュアルと共に融合しながら現実を生きていると想います。


心=魂=御霊(みたま)、霊しい

霊感とは感性、感じる力、心です。

みんなが心を持っているということは、みんなが霊感を持っているという事なのです。


嬉しい、楽しい、哀しい、腹立たしい、、

『喜怒哀楽』全てが霊感です。


毎日、毎日霊感をフル活用して生きているのです。

霊感=心で感じ、心で知り学び、心で選択をし、心で行動をしています。

みんなスピリチュアルと共に生きています。


(つづく)


月5.JPG



☆luz de la luna(ラズドラルナ)


ちっとひとりごと、、、 宇宙の要素 2

(つづき)

前回のブログに書いた要素繋がりで、、、、
ブログ『要素の1つ、、、』も参照してください→こちら


ある時テレビにマヤ文明の末裔の方が出ていました。

その人の言葉を聞いて、私の中のいろいろな回路が一気に繋がったことがあります。

『大昔、宇宙の隕石が地球という惑星にぶつかって、隕石の中の微生物から自然界→人間と進化していったんです。だから人間は宇宙の一部です』

と言われていました。

進化論には諸説あると想いますが、私にはこの言葉がピッタリと当てはまりました。

人間を中心にどんどん俯瞰していくと、宇宙にいきついて。
宇宙を中心にどんどんフォーカスしていくと、人間にいきついて。
”人間は宇宙の一部”ってわかるな〜。

映画『メン・イン・ブラック』シリーズにもこの事がサラッとユーモラスに描かれています。
スピシネ『メン・イン・ブラック』シリーズも参照してください→こちら

それに『神様は1人1人の心の中にいる』という意味もマヤの人の言葉でとても腑に落ちました。


宇宙の隕石が地球という惑星にぶつかって、隕石の中の微生物から自然界→人間と進化していったというのを前提にすると。

宇宙はお母さんお父さん・親となり、人間は子供になって。
自然界(太陽、月、樹々、水、動物など)はお兄さんお姉さん、先輩にあたるのかな。

だから
「自然の恩恵をさずかる」とか
「自然を物を大切にしましょう」とか
「みんなと仲良くしましょう」とか
小さい頃に教わるんだろうな〜なんて想ったりしました。


お母さんお父さん宇宙から生まれた、子供の人間は、宇宙のいろいろな要素を授かっていて。
宇宙の要素と同じ要素を私たち人間も持っている。

宇宙との血縁とかDNAみたいなことになるのかな。

宇宙の旋律を拾う。
神が宿る。
宇宙から汲み取る。
宇宙からのメッセージ。

みたいな感覚は人間の中に宇宙との血縁、DNAがあるから生まれる事で。
宇宙の要素と人間の要素の何かしらの共通フィールドが重なり合ったり、溶け合ったりする時に起こるのかな〜とも想ったりして。

『人間業とは思えない』という言葉があるように。

例えば、、、

レオナルドダヴィンチのあの想像力や発明力とか。

マチュピチュのあの精密な構造とか。


人間がやった事なんだけど、そうとは思えない軌跡・歴史は残っていて。


ダヴィンチやマチュピチュの人達は、お母さんお父さん”宇宙”やお兄さんお姉さん”自然界”と会話や対話して教えてもらったんだろうな〜っと想いました。


そしてまた、

宇宙との血縁、DNAはどんな人でも持っているのだから、宇宙や自然界との会話や対話は誰もが出来ることなのだな〜とも想いました。




太陽や月、星、雨、雲、風などを見たり、肌で感じたり、

樹々や花を見たり、触ったり、匂いを嗅いだり、
水に触れたり飲んだり、食物を食べたり、
動物を見たり、犬を触ったり、
コップを持てたり、、、、

とにかくいろいろな事に対して、
「宇宙と同じ要素を私も持っているから出来ることなんだ」と想ったりもしました。

宇宙の要素と私(人間)の要素の共通のフィールドが重なり合ったり、溶け合ったりした瞬間に、、

太陽の光が眩しい〜
追い風が吹いているなぁ
雨で身体が濡れちゃった
このお花甘い匂いがする
お水美味しい〜
フワフワな毛だな〜

と感覚や感情として感じるんだろうな〜とか想ったりして。
この瞬間って、お母さんお父さん”宇宙”やお兄さんお姉さん”自然界”と会話したり触れ合ったりしている時間なんだなと感じて、なんだかウキウキしてしまいました。


それも、、、

あらゆる要素・時間・空間のエネルギーの”繊細な組み合わせ”と”絶妙で特別なタイミング”で感じられることや、起こる出来事なんだとも想ったりして。


↑これ、映画『メン・イン・ブラック』3に描かれています。



例えば『コップを持つ』という行為。

何かしら要素の組み合わせが変わったり、タイミングがちょっとでもズレると。

持つことが出来なくなるのかもしれない?!

とか考えたりして、、、、


要素、時間、空間の何かしらのエネルギーをわざとズラしたり、他のエネルギーを加えて組み合わせを変えると、、、


映画やドラマで描かれているように、コップの中に手がス〜っと入っていくのかも!?

なんて事も考えたり。


「待てよ?途中で何かしらのエネルギーが途切れてしまったら、コップの中に手が入ったまま固まるのかな?それって痛いな、、」とか想ってゾクっとしたり。


いろいろ想いを巡らせながら1人で楽しんでいました。(笑)


なんだか不思議で、なんだか怪しい感じもするでしょう。


ただ、、、

想いを巡らせながらも現実自分でやってみた試しはありません。


「出来ない」という現実的を冷静に受け止めている私もいますが、全てあり、全ての可能性はある』という私もいるので、あくまでも私の想像の範囲内で楽しんで想いを巡らせたことだと想ってください。


小さい頃に「鳥のように空を飛びたいな〜」と想いながら、手を広げて「ビュ〜ん」なんて言いながら部屋を行ったり来たりして、空を飛んでいる自分を想像して楽しんだ感じに似ています。


それに”やってみた試しがない”のは、私の中では『コップに手を通すこと』がやりたい事ではないからです。


家事や仕事、愛犬の世話。

家族や友達との会話。

音楽を聞いたり、映画を観たり、絵を描いたり、旅行に行ったり、、、

他にやりたい事が沢山あるし。


やりたい事ではないけれど、『誰かと話したい』のように”したいやりたいこと”のきっかけや話題の1つの要素にはなるのかな〜と想いました。



いろいろ想いを巡らせた結果。

コップや水や樹々や花や、動物、宇宙、人間、、、
なんだか全てが愛おしくなってきて。(笑)


「宇宙って凄い、自然って凄い、人間の身体って、人間って凄い!」って想って感動してしましました。


全て私の勝手な想像で、私の勝手な解釈で、私の感覚的な想いなんだけど、、、
子供の頃の様に目がキラキラ輝き、感動した出来事でした。

”大人の私”と”子供の私”が共存する感覚や想像の世界って、無限で楽しいですよ。

夢(眠りの時間)の世界にも似ているかな〜。



『大昔、宇宙の隕石が地球という惑星にぶつかって、隕石の中の微生物から自然界→人間と進化していったんです。だから人間は宇宙の一部です』

こんな1文から、いろいろな気づきや想いが生まれ、私の世界が広がり楽しい時間を過ごせました。

テレビを通してですが、マヤ文明の末裔の方に出会えて良かったです!
マヤ文明の末裔の方、ありがとうございました〜!


**********
追伸:
この感動を誰かに聞いて欲しいと想って、お互いになんでも話せる友達に話したら、、、

「そうそう、そうなのよ、わかるわ〜」なんて一緒にウキウキしてくれて。
最後の最後に「やっぱり人間って凄いわ!」に落ち着き、、、

「あ〜面白かった!でね〜、この間もらったお茶の事なんだけど、、、」とあっという間に次の話題で盛り上がるのでした。(笑)

宇宙やスピリチュアルや料理やお茶、、、
どんな事でも同じ事柄のように、普通にシェア出来る人がいるって幸せな事だな〜とも想いました。

今回のお話。
急にこんな考えになった訳でもなく、今までにもいろいろ考えを巡らせ想ってきたテーマの1つです。
私の中ではもう落ち着いていたのですが、、、

ふと、、、
宇宙やスピリチュアルや料理やお茶、、、
どんな事でも同じ事柄のように話せる『出しどころ』がない人もいるのかも。

もしかしたら、ブログを読んでくれている人の中にも私のように想いを巡らせたりしている人がいるのかも。
と想い書いてみることにしました。

大きな声の私の”ひとりごと”になりますが、みなさんの心が動くきっかけになれれば幸いです。

そしてまた、私がみなさんの『出しどころ』になれれば良いな〜と想っている今日この頃です。

空

☆luz de la luna(ラズドラルナ)

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ちょっとひとりごと、、、 宇宙の要素 1

今回想った事は論理的なお話ではありません。
論理的に考えると、全く意味不明な文章になってくると思います。

矛盾や説明不足が多いとは思いますが、、、
感覚的なお話と思って読んで頂ければ幸いです。

感覚的なお話。

例えば、、、
「土みたいな味がする」「タイヤみたいな味がする」と聞くと、実際に口にして味わった事がないにも関わらず「なんだか、わかる〜」って苦い顔になる。。。
みたいになることありませんか。

感覚的な事は『なぜだかわからないけど、わかる』のように、理由や説明が曖昧で、また理由や説明はいらない時もあります。


論理的な考えには理由や説明、証明が必要です。

科学で証明できる=肯定
科学で証明できない=否定、可能性はない。
のような世の中ですが。

証明できない領域には可能性も含まれていると想っている私です。

人間の脳は使われているものは氷山の一角で、残りは使われていない、、、

なんて聞いたことがあります。

「使われていない」というより、「使っているけれど、どう使われているかが解明されていない」とある科学者の人が言っていました。


証明出来ないこと=解明されていない領域でもあるので、”可能性はある”と私は考えてしまいます。


事実は小説より奇なり。
という言葉があるように信じられないような経験が実際にあったりします。

私としては「ある、ない」という考えではなく、「全てあり、全ての可能性はある」と何に関しても想っていて、これが私のグレーフィールドです。


小さい頃、ヒーロー物や魔法の物語をみて本気で自分もなれる!出来る!と。
みなさん思いませんでしたか。

そこには『疑い』という想いは全くなく純粋に「出来る、なれる」と想っていた心がありました。

子供の頃って理論より感覚・感情なんですよね〜。
怖い者知らずで大胆で、もの凄いパワーを発揮する、、、


私も子供の頃、竹ほうきに股がって「えいっ!」って力の限りの念力を込めてみたりもしました。
まあ、実際に飛べる訳もなく、、、でした。

ただ、、、
「飛べるはずがないし」なんて諦めや疑いの想いは全くなく、本気で真剣な私がいました。

大人になるにつれ、経験をして現実を知って受け止めて成長していきました。
成長しているけれど、大人になったからと言って、この純粋さがなくなる訳ではないと私は想っています。

『出しどころ』を変えているだけで、純粋さはみんなが持っていると想っています。

今回のお話は私の感覚・感情や想像の世界でハッとしたり、心躍らせたり、ワクワクしたりしていると想ってください。

私の出しどころであり。
私の心にいる、”子供の私”が”大人の私”と一緒に楽しんでいる、感覚の時間です。


(つづく)

☆luz de la luna(ラズドラルナ)

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要素の1つ、、、3

要素の1つ、、、2』のつづき。


自分が見て感じるエネルギー(要素)を応用していって、日常生活に活かしたり、仕事に活かしたりする人もいます。


実際に私も相談者の方に「オーラは何色ですか」と聞かれることもあるので、その時は感じたことをお伝えしています。


エネルギーを見て感じるからと言って、リーディングやカウンセリングだけに応用している人ばかりではありません。


音楽、芸術、料理、美容、手芸、医療、、、

いろいろな分野などに応用して活用している人もいると想います。


私の家族や友達のように”楽しむ”為の1つのアイテムと活用している人もいます。


無意識に『空気のような存在』として、自然に活用している人もいるでしょう。


どう応用して活用していくのかは人それぞれです。


エネルギーが見える感じることが凄い訳ではなく。

自分なりに生活の中に取り入れたり、生きることに活かしていく。

その為にも努力したり、心をどんどん動かしていくことが大切だと想っています。


あと、、、”特別”ということについて。


例えば、料理の世界において、私が知らない、見た事もないような。

沢山の種類のスパイス(要素)があったり、技法(要素)があったり、組み合わせ方法(要素)があったり。


実際に料理をする人の五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)、色彩感覚や想像力のような、、、感覚的、心の要素があったりして。


私が知らない、見た事もない、、、

(実際に料理をする)その人だけがわかる、その人の中で”特に感じる要素”、私とは”別な要素”があると想います。


『特別』な要素はその人、その人がもっていて。

みんなが”特別”なのだと私は想っています。


実際に料理をする人にとっては特別ではなく、素のままの自分で”自然”な事かもしれないし。

悩みの種でもあり、励ましの種でもあり、心が輝く種でもあるんだろうな〜。



今の私は、いろいろな経験によって、自分の感覚に気づき、知り、受け入れているから、『エネルギーが見える感じる』要素と日常生活の間に折り合いもつけられ、素のままの自分、”自然に”と変化しましたが。


エネルギーが見える感じることが、恐怖心や悩みの種になる人もいます。

実際、昔の私がそうでしたし、相談者さんの中にも多いです。


人は見かけによらない。

という言葉のように、”今”だけでは判断出来ない、過去の過程というものもあります。


人に思いやりを持ったり、寄り添ったり、気持ちを感じるというのは、過程を含めての”今”を感じたり考えたり捉えたりすることなので、簡単なことではないのですよね。



『スピリチュアル』(霊、魂、気、エネルギー、宇宙、精神世界、感覚など)の要素が、


現実を受け入れる事の”きっかけ”となったり。


悩みの糸口が見つかる光となったり。


自分自身を知るためのツールとなったり。


自信に繋がる架け橋となったり。


人とのコミュニケーションの緩和剤となったり。


人との出逢いのエッセンスとなったり。


心を掘り下げる為のフォロー役となったり。


と、、、、


『スピリチュアル』の要素が心の中に活き、日常生活に活きていく”瞬間”こそが素晴らしいと想っています。

この瞬間はすぐに過ぎ去ってしまう、ほんの一瞬かもしれません。

衝撃的な出来事ではなく、ほんの些細な出来事かもしれません。


それでも特別で、奇跡の瞬間だと私は想っています。



音楽、料理、芸術、科学、人など、、

自分が興味のある要素の何かしらに出会って「なんだか人生が変わった!」と思える”瞬間”を経験したこと。


みなさんにもありませんか。


みなさんにはどんな要素がありますか。


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要素の1つ、、、2

要素の1つ、、、1』のつづき。

『エネルギーが見える感じる』というような要素は、全ての人、誰もが持っている要素だと想っています


オーラ(エネルギー)を視覚、実際の目で見る感じるというのは、視覚の見方・方法があります。

これは色とか、湯気のような動きが視覚的に目に見える形です。


いつもの視点を少し変えるだけで、視覚として見えたり感じたりすることが出来ます。

『つきよみ会』でも、ちょっとしたワークとしてやったりしています。


ただし、見える感じるまでの時間のかかり方は人それぞれです。


実際、家族や友達に方法を教えてみると、


「あっ、見えた〜!」

「なるほど〜、こういう風に見えるのね〜」


「この間は見えなかったけど、続けてみたら、見えたよぉ!」


なんて、とてもウキウキして楽しんでいるし。

人のウキウキ感で私も楽しくなります。

いつくになっても新しい発見があると、心がキラキラ弾みますよね〜。



中には、、

「え?!これがオーラなの。だったら昔から見えてた、ただ、気のせいかなと想ってたし、なんだかわからなかった」


と、自分が見ていたもの=オーラ(エネルギー)に繋がらなかった、論理的に繋がらなかった人もいます。



人間の脳は使われているものは氷山の一角で、残りは使われていない、、、

なんて聞いたことがあります。

「使われていない」というより、「使っているけれど、どう使われているかが解明されていない」とある科学者の人が言っていました。


要素の使い方と言いますか、要素を働かせる方法とかが解明されれば、また違った流れが生まれるのでしょうね〜。


オーラ(エネルギー)を見て感じて、要素を『その先どうするのか』が大切だと想っています。


例えば、、、

自分のオーラ(エネルギー)を自分なりに見て感じて、、


「今日は青いオーラを感じるから、青系の色を身につけてみよう」


「最近は桜ぽく感じるから、桜のモチーフや桜色を意識してみよう」

みたいに、、、

まずは自分で楽しんでみたらどうかな〜と想います。

*こちらのブログも参照してみてください→『オーラを視て感じる


オーラ(エネルギー)は日々変化しているので、その変化を見て感じるのも楽しいですよ。



オーラ(エネルギー)に限らず、音楽、料理、映画(映像)、本(文字)、絵画など、、

自分の好奇心や探究心をくすぐる要素があったら。

まずは”自分の為”に見て感じたりする事が大切で、これが基本です。


自分が楽しんだり、自分の感覚に気づいたり知ったりするきかっけにしたり、自分を信じる要素にしたりして、心をどんどん動かすことが大切です。



『相手の為に』『人の為に』は自分の為に心を沢山動かした後、経験を重ねた後の事だと想います。


例えば、、、

料理に興味をもって、「料理をしたい」と想って、料理をして経験を重ねていく。

これは、まずは”自分の為”であって、これが基本だと想います。


『したい』想いを輝かせて、自分の好奇心や探究心を深めていきます。


『相手に食べて欲しい』という想いが”きっかけ”となって、料理の腕を磨くこともありますし、『人の為』という想いが向上心や努力の力の源になる時もあります。


ただ、これもやっぱり”自分の為”だと想います。


”自分の為に”という想いは自然なことで、ワガママでもあり我がままでもあります。

ワガママなのか、我がままなのかは、経験をしていく内に自分の中で自分に折り合いをつけていけるようになります。

*こちらのブログも参照してみてください→ワガママと我がまま、、、


『人(相手)の為』ばかり意識を向けて、自分の基本を創り上げていくと、人(相手)との同意がないと不安になり怒りが生まれたり、人(相手)の判断で一喜一憂し、人(相手)の判断がないと自分がわからなくなり、自分らしさが消えてしまったりします。


人(相手)の意見をお手本にしたりアドバイスにしたり確認する為のヒントにする事も、もちろんありますが、あくまでも、”その人の感想”として冷静に受け止めないと依存になったりもします。


頑固という言葉は、あまりイメージが良くないですが。

一種の頑固さは持っていないと、人(相手)に流され振り回されてしまう事もあります。


ワガママな頑固さと我がままな頑固さは全く別のものです。


とにかくまずは自分の為に要素をどうしていくのかが大切です。



余談ですが「料理をしたい」というような想い。


この、自然と心に沸き上がる『〜したい』という想いはシンプルかつ最強のパワーだと想います。

『〜したい』という想い。

好奇心や探究心は、新しい扉を開く鍵であり、自分の道(未知の世界)を切り開いていく原動力です。


(つづく)


☆luz de la luna(ラズドラルナ)

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要素の1つ、、、1

一般的にイメージされているスピリチュアルな感覚。


例えば、、、

エネルギーが見える、感じる。

霊が視える、感じる、声が聞こえる。


こういう感覚は「凄い」とか「特別」なように想われがちです。


証明は出来ないし、不思議な世界に感じるだろうし、ある種の特別感を持ってしまうのは仕方がないと想います。


私としては、、、

自然界や人のエネルギーに反応する感覚・体感の出方であり、

自分自身の感覚や要素を知る”きっかけ”であり、

新たな出会いが生まれるきっかけでもあり、

好奇心や向上心の種であり、悩みの種でもあり、

自分を信じる=自信に繋がるヒントであり、


視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、六感、直感、音感、色彩感覚、想像力、、、

のような、1つの”要素”だと想っていて。


『エネルギーが見える感じる』というような要素は、全ての人、誰もが持っている要素だと想っています。



『オーラ』という言葉を聞いたことはありませんか。


好きなアイドルを見て、、

「やっぱりオーラが違うよね〜」

「あの人のオーラって半端じゃないよね〜」

なんて、言ったりした事、人から聞いたこと、想ったりしたことはありませんか。


これは、その人なりにオーラ(エネルギー)を見て感じているのだと想います。

要素を持っているのです。


それに、、

「あの人って太陽みたい。あの人夏って感じ」


「あの人ロックぽい。あの人は演歌な感じ」


「あの人レモンのような爽やかさだ。あの人バラのような甘さがある」


例えば、こんな風に想ったことはありませんか。


これも、オーラ(エネルギー)を見て感じているんだと想います。


服装や言葉使いなどの見た目ではなく、、、

相手の”雰囲気”(人柄、人格など)から何かしら感じる感覚。


視覚だけに絞らず頼らずに。

相手の声・聴覚、相手の匂い・嗅覚、物腰、佇まいなどから、何かしらオーラ(エネルギー)を感じる人もいます。


必ずしも『オーラ(エネルギー)=色』とは限らないものです。

その人がエネルギーを見て感じて想ったこと=”感想”の表現の仕方は人それぞれです。


オーラ(エネルギー)が”視覚、実際の目”で見えないから、「私(俺)は見えない感じない」ではないと想っています。


『空気のような存在』という言葉聞いたことありませんか。

あまりにも自然、意識が向かない、当たり前、、みたいな感覚。


これは無関心という意味ではなく”自然”、本来のありのままの状態のように捉えてください。


『気が合う』という言葉のように。

自分の気・波長・エネルギーと、他の気・波長・エネルギーが合う時、溶け込む時もあり、空気のような存在になり、『何も感じない』時もあります。


自分の意識がそのエネルギーに特に向かっていない時、”自然な時”も何も感じないこともあります。


例えば、空気もエネルギーの1つです。


日々、”空気”に対して意識が向かっている、集中しているかというと、、、

そうではありません。


「今、空気を吸ってる、今空気を吐いてる」と空気エネルギーを意識しながら呼吸をする事は普段はあまりなく、無意識にしています。


深呼吸や腹式呼吸、病気の時など、特に意識する時以外は、無意識です。

無関心ではなく、無意識=自然体な時も、エネルギーを見て感じているんだと想います。



例えば、森や海で「気持ちいい〜」とか想うことありませんか。


人ごみに入って「なんだか気分がすぐれない」こういう事はありませんか。


これもエネルギーを見て感じる要素を持っているからの反応で。

そんなに「エネルギーを感じようと」意識を凄く集中させている訳でもなく、自然と無意識に出る反応ですし。

エネルギーに対しての感想・自分が感じて想ったことです。


「神社仏閣、パワースポットに行っても、私(俺)何も見えないし感じないんです」と言われる人もいますが。


それは、神社仏閣やパワースポットのエネルギーと自分のエネルギーが”合って”いるからの時もありますし、意識が特に向かっていない”自然”な時、空気のような存在になった時かもしれません。



『風を読む』自然界の風を見て感じて、漁に出る人・パラグライダーなどをする人。


『波を読む、波に乗る、波を感じる』海の波を見て感じてサーフィンをする人、世の中の波を見て感じて動きを決める人。


『流れを読む』まわりの車の動きを見て感じて運転する人、世の中の流れを見て感じてアイデアを生み出したり、未来を予測する人。


風、海、波、空、車、人、世の中、、、

何かしらのエネルギーを見て感じて、生活や趣味に活かしている人は沢山います。

みんな『エネルギーが見える感じる』要素を持っているのです。


要素を持っている事をわかりやすくシンプルに”言葉”が教えてくれています。


『気が合う』『風を読む』などの”言葉”が世の中に存在するのがその証だと私は想っていて、「昔の人は凄いな〜、よく言ったものだな〜」と想っています。


”言葉”ってシンプルで奥深く、いろいろな意味の解釈があり、歴史(過程)がありますよね。



『エネルギーを見て感じる』要素は誰もがもっていると私は想っています。



『エネルギーが見える感じる』要素がいろいろ敏感に反応する為に、恐怖心や悩みの種になる人もいます。

実際、昔の私がそうでしたし、相談者の方の中にも多いのも現実です。



いろいろな要素に関して、自分だけでは気づけなかったり、紐解けなかったりする時に、リーディングや『つきよみ会』が、気づきや紐解きのお手伝いの1つのツールになる事もあります。


(つづく)


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頭でわかっていても、、、2

頭でわかっていても、、、1』のつづき。

心でわかる・腑に落ちるというのは、知識と経験が結びつき、知識と経験が共に活き、混ざり合い溶け込み合い、1つの新しい要素に生まれ変わる感じがします。


『あっ!わかった!』
『目から鱗だ』

『頭ガツンとされた』

の様な、あの瞬間であの感動です。


みなさんも、こんな瞬間やこんな感動を経験したことありませんか。



心でわかる・腑に落ちると心が掘り下がり、心のグレーフィールドが変化していきます。

*グレーフィールドについては→こちら


心の芯が太く強くなり、揺らぎが少なくなっていきます。


勇気、やる気、前向きな気持ちが生まれ、自信が生まれ、行動力が広がり、世界観が変化したりします。



知識を広げる為にも経験は必要です。

そしてまた心でわかる為・腑に落とす為にも経験があります。

だから「どんな経験も無駄ではない」と想っています。



もちろん、知識だけを元に(知識が頭に入ってくるだけで)、心が穏やかになり、希望が生まれ、やる気が起こり、心が輝くこともあると想います。


例えば、、、

世界の聖地や楽園、観光スポットなどの知識・情報を、テレビで観たり、本で読んだりして、頭に入れることによって。

リラックス出来たり、穏やかな気持ちになったり、感動したりして心が輝くこともあります。


「いつかあの場所へ行ってみたい」という憧れや希望が湧き、「よし、お金貯めよう」と未来への目標が生まれ、行動に繋がり、心が輝く時もあります。


これは幼い頃の世界観が広がっていく心の状態と似ています。


ただ、こうなれるのは、”今”の自分の心のバランスが整っていて、頭と心が調和していて、現実を受け入れて、地に足がついている。

心が”今ここにあるから”だと想います。



『頭でわかっている』のは、わかっていない事と同じこと。


現実の日常生活からフワフワ浮き始め、現実離れをします。

心ここにあらずになります。

言っている事、想っている事とやっている事がなかなか結びつきません。


この事は、自分自身で気づけることもありますが、相手(他人)が自分よりも”先に”気づくことでもあります。


「この人、言っている事とやっている事がなんだか違うな〜」

と、相手の言葉や行動や佇まいから、何かしら感じ取ったり、違和感を感じたりするのです。


ただ、、、

「まてよ。相手の前にまず自分がそうなっていないか確認してみよう」と自分にもってきたり。

思いやり、タイミングを計る、本人が自分で気づいてくれる事を祈る、ほおっておく、、、

など、いろいろな意図で相手に直接言葉で伝えていないだけのこともあり。


思いやりや相手に寄り添う気持ちと共に、人(他人)は厳しい目、本質や資質を察知する力も持っていると想います。


これは相手を否定したり攻撃したりする為の『目や力』ではなく。

相手を通して自分自身を見る厳しい目であり、自分自身の本質や資質に気づく力です。

鏡合わせ、人の振り見て我が振り直せ、です。



頭でわかったつもりになると、、、

自分だけの視点になり、俯瞰に結びつきにくく、現実離れをしていき。

まわりが見えなくなって、人(まわり)と調和せず、結果まわりから浮いたりして、”共に”がなくなっていき、自分で自分を孤立させてしまう事もあります。


厳しいようですが、これもまた現実です。


『頭でわかっているんだけど』

これは腑に落とすための経験をするチャンスがやってきた合図です。


『頭でわかっているんだけど』と想ったのなら、何かしらの行動を起こして、実践、肌で感じる経験をしてみませんか。

その先の新しい自分と出会うために。。。




みなさんは『頭ではわかっているんだけど』という経験はありますか。

頭と心が繋がって腑に落ちた経験はありますか。

それはどんな経験をした時ですか。

腑に落ちた瞬間、何を感じましたか。


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